【スタッフ雑談】東日本大震災から5年
2016年03月11日(金曜日)
NHKで制作されたwebコンテンツから、震災の様子を知ることができます(「NHK NEWS WEB 東日本大震災」とネットで検索すると出てきます)。
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2011年3月11日 午後。
たまたまお客様との打合や相談などが入っておらず、休暇を取っていたメンバー以外は全員事務所におりました。各々デスクで仕事をこなしていました。
普段、弁護士は出払っていて事務局独りで留守番をすることも多い中、たまたまメンバー全員が事務所内にいたこと、お客様がいらっしゃらなかったことは幸いでした。
「ゴォォー」と地面から突き上げるような音を感じた矢先、窓のガラスがガタガタと音を出し揺れ始めました。床がぐらぐら波打っているように揺れていて立っていることもままならず、今まで体験してきた揺れとは明らかに違っていました。机にしがみつくような格好でしゃがみこみ、揺れがおさまるのを待ちました。とても長い時間揺れていたような気がします。
なかなか揺れもおさまらないし、「もう危険だ!逃げよう!」となってから、皆で非常階段を猛ダッシュで駆け降りました。外から眺めると、事務所のビルは、ビル自体が横にぐらんぐらん揺れているのがわかるほどでした。
避難場所である近所の小学校の校庭に避難しました。校庭には小学生が整列して集合しており、どうやら親御さんのお迎え待ちをしているようでした。
そんな光景を眺めがら、しばらく校庭で待機していたのですが、揺れがおさまった頃合いをみて再び事務所へ戻り、業務を再開したところで、第二波の揺れが襲ってきました。
そして二度目の非常階段ダッシュ。
そのころはまさかこのような大きな震災となっていることは知る由もなく、業務は臨時休業ということで解散しました。残って仕事を続けていた1名を除き、とりあえず事務所は出たものの、自宅が遠方である私を含む数人は帰宅困難者となり、千葉市内に足止め。余震もずっと続いていて、皆の携帯電話は警告音が鳴りっぱなしの状態でした。
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今日、あの日から5年経ちました。
震災で亡くなられた方のご冥福をお祈りするとともに、早期の復興を願ってやみません。(S)
【代表弁護士から】茂原市と荻生徂徠
2016年03月02日(水曜日)
茂原市本納には、荻生徂徠勉学の地があります。荻生徂徠の父が江戸を追われていた時期があり、その間一家は徂徠の母方の実家のある茂原市本納に移り住んでいたのです。つまりは、勝ち組からは転落してしまった。そんな時期が荻生徂徠の茂原時代でした。
荻生徂徠は、将軍徳川吉宗の諮問に応えて政治論を著してしますが(「政談」)、その中で茂原にいたときのことを書いています。
「私が17,8歳のころ、上総の国に住んでいて聞いた話がある。加賀の国には非人が一人もいない、もし非人がでると、小屋を建てて、その中にいれておき、草履を作らせたり、縄をなわせたり、さまざまの仕事をさせて、藩主の方からこれを養うかかりの役人をつけておき、その縄や草履などを売らせて、やがて元のように店を持つことができるようにしてやるのである、と加賀国から逃亡してきて、上総に居住している者が語るのを聞いて、これこそまことの仁政であると思ったことであった。」
この加賀の貧困対策というのはなかなか興味深い。小屋を建てて住むところを確保させる。これは今でいえば、ホームレス対策の無料低額宿泊所にあたるでしょうか。
それから、草履をつくったり、縄をなわせたりという仕事を与える。雇用対策ですね。
さらに、役人がその人のためについて、縄や草履を売らせて、もとの状態になるように復帰を援助する。かなりの手厚さです。
荻生徂徠が「これこそまことの仁政」と感嘆の声をあげるのももっともで、現代でもここまでの手厚い支援はありません。
徂徠はこの話を加賀からの逃亡者から茂原にいたときに聞いたとしています。特に仔細もなく江戸在住であったならば、逃亡者からの話を徂徠が聞くことはなかったでしょう。
加賀の国からの逃亡者との交流は、徂徠の心の中に強烈な印象を残し、後年の将軍への建白に繋がったのでした。
【スタッフ雑談】キノコの話 11
2016年02月26日(金曜日)
キノコに興味を持ち始めた頃、名前を調べるために形や色を図鑑と照らし合わせてもよくわからず、キノコの師匠に教えを乞いにいくと、師匠は形や色だけでなく、傘をひっくり返してヒダの部分も見ていました。
師匠曰く「胞子の色はグループや種類を決めるのにとても重要」とのことで、傘の裏のヒダにできる胞子の色を観察していることを知りました。
胞子は白色、紫黒色、ピンク色、褐色、黄土色、緑色などあり、シイタケの胞子は白色で、マッシュルームの胞子は紫褐色。
買ってきたマッシュルームは日が経つとヒダが黒くなるなと思っていましたが、それは胞子が熟した色だったのかと合点。
さらに師匠は「大きな図鑑(分類群ごとに記載されている図鑑)は胞子が白色のグループから有色のグループに並んでいる」ことも教えてくれ、図鑑で調べる際も胞子の色が重要であることを知りました。
野外でキノコを見つけたら、形や色だけでなく傘をひっくり返して胞子の色も要チェックです。
(R)
【代表弁護士から】一部の弁護士は既に経済的に追い詰められている
2016年02月18日(木曜日)
弁護士会の会誌(月刊)には、毎号弁護士の懲戒事案が公告されています。
弁護士の懲戒というのは、重い順から、除名、退会命令、業務停止、戒告と四種類あり、懲戒処分をされれば必ず会誌(「自由と正義」)に掲載されることになります。
今月号(2016年2月号)の懲戒欄は、まさに弁護士の中には経済的に自壊している層がいるとしか思えない内容でした。
・退会命令 1件(会費の滞納)
・業務停止 5件
・戒告 7件
今月号で最も重い処分だったのが、
会費の滞納で「退会命令」という処分を受けたケースでした。
「退会命令」というのは、所属している弁護士会から強制的に退会させるという処分で、弁護士は弁護士会に所属していないと弁護士業ができない決まりになっていますので(強制加入団体)、つまりは弁護士を辞めさせるという処分となります。
会費の滞納くらいでそんなに重い処分となるのかと驚かれる方もいるかもしれませんが、このケースの滞納額は3年5ケ月分、約150万円というものでした。もちろん、この間弁護士会は滞納者に督促をしているはずです。それなのに支払わない。
支払わない理由は会誌には書いていないので、正確な理由はわかりません。しかし、会費も支払えない弁護士が、つまりは自分の債務も弁済できない状態にある者が、依頼者の金銭を預かるとか扱うとかそういうことを任せられないというのが、こような重い処分にでる理由かと思います。
会費の滞納といえば、今月号には懲戒となったケースがもう一件あり、10ヶ月分の滞納で業務停止2ヶ月という処分となっております。
これらのケースをみると、一部の弁護士が経済的に追い詰められ、弁護士会の会費すらまともに支払えなくなっていることがわかります。
経済的に追い詰められている弁護士の手元に預り金があると、預り金の横領といった犯罪に手を染める弁護士も出てきます。
業務上横領という犯罪が成立するか否かは別として(それは警察など捜査機関がまず判断すべき事項です)、預り金を返還しないという事案は、懲戒の対象となります。
今月号では、1000万円の預り金を返還せずというケースで、業務停止1年というものがありました。
このようなケースは以前は散発的でしたので、私も一部の不心得者の特殊な事案と考えていました。しかし、最近ではこのようなことで懲戒される例をそれなりに見かけるようになり、懲戒として表に出てくるのはほんの一部であって、氷山の下で明らかになっていないものは相当数にのぼると考えを改めざるを得ません。
弁護士を利用するということは、弁護士が経済的に安定していることを当然の前提としているのですが、その当然の前提が一部では崩れつつあります。トラブルを解決してほしくて弁護士に依頼したが、そこでもまたトラブルに巻き込まれてしまったということになりかねない世の中です。皆さん十分注意してください!
【スタッフ雑談】春一番が吹きました
2016年02月15日(月曜日)
14日、関東では春一番が吹いたと気象庁より発表されました。
千葉県北東部(わたくしの地元)では、この日は午前中どしゃぶり雨で、午後から晴天となりましたが、強い南風が吹き、とても暖かくなりました。長袖Tシャツ1枚で過していても汗ばむほどのぽかぽか陽気。
ところが、15日の今日といえば・・・
千葉はお昼の気温で10度を下回っており、冷たい雨が降っています。前日の最高気温が22度1分だったのに対し、今日のこの寒さ。寒暖差にびっくりしますけれど、個人的には花粉症がおさまり、ほっとできる恵みの雨だったりもします。(S)